春まだ浅き… (ラバヒルSSSvv)
 


    ここが何処だかはっきりしないのは、
    そんなもん、どうでもいいことだからだろう。
    薄暗くて空気も悪くて、でも広さと高さはあるようだから、
    よほど大きな資材倉庫か整備工場の跡かもしれない。
    そうと目星をつけたほど、埃っぽくて煤けた場所だってのに、
    場を取り巻いてるのは、なかなかに揮発性の高い空気だった。
    どいつもこいつも妙にへらへらと薄笑いを浮かべてやがるのは、
    自分たちの方が、頭数でか…それとももしかして腕っ節でか、
    文句なく優勢だって いい気になってやがってのことか。
    相手がどういう筋の連中で、何が原因かなんて忘れたし、
    そんなこたぁ そもそもどうだっていい。
    行く手へ立ち塞がるものは、
    物でも人でも事情でも、容赦なく蹴倒して来たし、
    それはこれからだって変わらない。
    誰かと連絡を取ってる振りで頬にあて、
    携帯電話に見せかけていたマガジンを手早く装填し、
    がちゃりという重々しい音ごと、
    鎌首もたげさせるように銃口を持ち上げさせたのは、
    その重さも感触も手に馴染んだ、愛用のマシンガン。
    途端に“あわわ”というざわめきが立ったのへ、
    逃がすもんかよと素早く覆いかぶせるように。
    慣れた動作で銃身を固定し、
    間髪入れずの容赦なくトリガーを引けば。
    ダガガガガ…ッと全身を震わす振動と共に、
    火薬の匂いや煙が立って、
    これはたまらんと逃げ惑う騒ぎがワッと上がる。

     ―― ほれほれ逃げな、道を空けろ。

    再起不能にしてぇとか完膚無きまで叩き伏せてぇとか、
    そこまでのこたぁ言ってねぇ。
    どこの誰かまで確かめにゃならねぇような、
    格なりクセなりのある相手なら、
    こんな判りやすい邪魔もしなかろし、
    こっちだってこんな風には構えないだろからな。
    やがては弾幕の向こうが静かになって、
    銃を止めると誰の影もない。
    手のしびれが、薙ぎ倒せたことへの爽快な後味となり、
    自然と口許がほころぶのもいつものこと。
    酷いことをしたとは思わない。
    力で押して来たのはお互い様なんだし、
    いわゆる“正道”で抗するには時間が足りない。
    同じ穴のムジナでも目クソ鼻クソでも結構だね。
    だって俺には時間がねぇんだ。
    クリスマスボウルに手が届くのは、いよいよもって今期が最後。
    なりふりなんて構ってられねぇ。

     ―― それに、

    こんなやりようの中、失ったものがあったとしても、
    惜しいと思ったことがない以上、
    最初っから大したこっちゃなかったんだろう。

     「…。」

    さっきまで立ち込めてた棘々しい雰囲気ごと、
    人のいた気配もすっかりと消え失せて。
    銃の残響も何も残さず、静まり返った空間へ、

     「すごいねぇ、相変わらず。」

    うっかりしてたら聞き逃してただろうほどの、
    空耳みたいな軽やかさ。
    そんなトーンの声がして、
    そちらへ顔を向ければ、見覚えのあるシルエットが暗がりの中に見える。
    怪訝そうにして眉をしかめていると、

     「そんな怖い顔しないでよ。」

    靴音がし、相手が進み出て来て…その顔や姿がはっきりする。
    印象的で整った目鼻立ちに、
    上背があって均整の取れた体躯といった端正な風貌は、
    確かに…どこか根本的なところで一般人とは一線を画したそれであり。
    ただの薄っぺらな優男じゃあない。
    古めかしい言い方で美丈夫、
    水も垂るるような…と評されるようなクチの、
    例えばどんな悪さや悪戯をしても、
    品があって憎めない、そんな人性を備えた美形…だと、
    どこぞかの芸能関係の評論家が言っていた。

     「…桜庭。」

    何でこいつが出て来んだ?
    こういう展開へ巻き込みそうな場合、
    大概は“足手まといだから”と、蹴ってでも途中で逃がしてた筈だが。
    だとして、何で戻って来てる?
    高階さんも一緒じゃないらしいのに、
    危ねぇだろうが、お前…と、
    やっぱり怪訝そうな顔を向けてると、


     「もう僕なんか居なくても構わないよね。」

      ………………え?


    なに? お前、今、何てった?

     「だってやっぱり、僕は足手まといにしかならない。
      今は、妖一も僕を庇うの込みで余裕でこなしてるけど、
      そのうち、僕がいたからっていうのが原因で、大怪我とかしかねないじゃない。」

    ふわりと微笑う顔は、いつも向けてくるそれのままだ。
    しょうがないなぁって笑い方も、
    たまにの話だが、してやったりって笑い方も嫌いじゃないが。

     ―― どうしたの?って、こっちにおいでよって、

    何でもないときに、
    なのに“何でもないってばよ”と重ねて言ってやりたくなるような、
    そんな笑い方、しやがる奴で。
    今もそういう顔してやがって、なのに、

     『もう僕なんか居なくても構わないよね。』

    それって何だよ、どういう意味だよ。

     「―――。」

    何か言ってやがるのに聞こえない。
    他に音がするんじゃないし、こっちが聞こえなくなった訳でもない。
    何か言ってる声はするのに、
    どうしてだろか…聴こえるけど聞こえない。

     「おい、何でだよ。何でそんな…桜庭?」

    その姿が霞むみたいに消えてゆく。
    待てよと咄嗟に踏み出して、手を伸べまでしてみても。
    こちらの声さえ届かぬか、躊躇なく消えてゆくばかり。

     「あ…。」

    そのままこっちの何かまで、もぎ取るように連れ去ってしまったか。
    胸の底がきゅうと絞まってくような気がして、


      何だよ、何でだよ。
      ずっと一緒にいるって、傍にいるって、
      邪魔にされても居るんだって、
      言ってやがったのはそっちだろうがよ。
      何で急に…なあ、






  ◇  ◇  ◇



 「…………………っ。」


 我に返った蛭魔を包んでいたのは、やはり静かな空間であり。でも少し違ったのは、ここは大層暖かく、自分が横になっていたことだろか。やわらかな明るさは、照明によるものじゃあなく、ブラインドを調整した窓からのもの。オーガンジーの薄いカーテンの向こう、縦型のブラインドを絞ってあるせいで、室内を満たすのは仄かな明るさとなっているが。ぼんやり見据えたその窓自体には、ずんと明るい光の色が照っていて。

  ―― ああ、朝か。

 見慣れた部屋、だだっ広くて静かな部屋。機能性重視と構えての、ごちゃごちゃ家具も置いてなく。脇卓にはノートパソコンと携帯電話(充電器つき)が載っており、作り付けのクロゼットも扉を閉じればただの壁だから、ベッド以外は本当に何もないに等しい部屋で。とはいえ、

 “何であんな夢、”

 あんまり夢は見ない方。起きてる間は、体を酷使しまくり、頭も回せるだけ回してのフル活用。その反動か、ここ数年ほどは、寝床に倒れ込むとそのまま寝入って朝まで起きないというのがパターン化してた。夢の源となると言われている、その日に得た情報の整理とやらも、恐らくは凄まじいレベルで行われているはずなのだが。それを拾い上げるだけの余裕もなく、体が寝入ってしまうせいだろう。それが、何でまた今朝に限って。しかも、その内容がまた、あんな…。

 “………。”

 目を覚ましても忘れてないってことは、起きぬけに触れてたそれだから。だよな、だってそんな。あいつと何か喧嘩とかしたか? 我儘なんだからって思われるような物言いするのは今更だしよ、第一、そのっくらいじゃあめげないで、あしらって宥めるの、凄げぇ上手くなってやがんのによ。それに………。

 「…。」

 なかなか起き上がらないで、ベッドに横になったままなのは、この彼にしてみりゃ珍しいこと。それほどにインパクトの強かった夢だったということか。だって、

 “クリスマスボウル、だって?”

 確かに“時間がない”と言いながら、今だって駆け足は止まらないまんまだが。それへの理由が“クリスマスボウル”だったのは何年か前の話じゃあなかったか? 記憶が入り乱れてるのはそれこそ夢だったからだとして、

 「…。」

 一晩寝たせいか、しんなりとして肌へ馴染み良くなったシーツの感触の上へ、仄かに残る香りに気づく。少し甘いが、その奥底にちょっぴり精悍な匂いも滲ませてる残り香が、枕やシーツなどなどから仄かに匂い立つのはどうしてか。気づいたそのまま身を起こし、脚をサイドへ回すのももどかしげにベッドから降り立って。正面にあるドアまでの数歩を大股に急いだところが、

 「…わっ、何なにっ。」

 向こうからも開けようとしていた誰かさんとの鉢合わせ。残り香の持ち主が、何とも無造作にすたすた入って来かかったその胸元へ、顔から思い切り飛び込む恰好になった蛭魔であり、
「ヨウイチ? どしたの?」
 そんな急いで、あ、トイレ? 何とも現実的な言いようが頭上から降って来たのへ、
「…っ。」
 違うっというのと、も1つか2つほど。何かしら乗っけての言い返してやりたかったはずなのにね。朝っぱらの起きぬけから、妙な胸騒ぎを抱えさせられて。いやいやその前からして、人騒がせな夢見を抱えさせやがってと。それはそれで、こっちの彼に責任があることだろかと思いたくなるよな八つ当たり、大きにぶつけてやって困らせて、胸のすく想いをしてやろうと思っていたのにね。

 「ヨウイチ?」

 んん?って。アイドルみたいに爽やかな、あ、アイドルには違いないか。それにしたって、今からスチール写真撮りますよと言われても全然支障が無さそうなほど、すっきり晴れやかに爽やかそうな顔してやがってよと。間近から見上げた男前へ、ぶすうとむくれたまんまの顔を向けたれば、

 「どしたのさ。あ、裸足じゃないの、寒いでしょ?」

 ひょいっと屈んだ動作のすぐ後に、膝裏と背中へ回された腕で、軽々と抱え上げられている呼吸とそれから、ぐらつきもしない頼もしいまでの膂力の素晴らしさよ。間近になった桜庭からは、バターや玉子やドレッシングの匂いもしたから、とっくに起き出しての朝食の支度をしていたらしいと判る。顔を洗って歯も磨いて、パジャマを着替えて髪も整えてと。ちゃんと支度を済ませてから取り掛かったのだろうから、随分と早くに寝床から抜け出した彼であることが逆算できて、

  「…馬鹿やろ。////////」
  「え? 何なに?」

 本人がベッドから抜け出したからじゃあなく、残り香が消えそうになったその気配で、心細くなってのそれで、あんな夢を見たんだと。どうやらそういう順番だったらしいと気がついて。さて、悪魔様が“馬鹿ヤロ”と悪態をついたのは、そんな気持ちにさせた恋人さんへか、それとも。本人が場を離れることへは不安を感じなかったほど、油断しまくりだったくせして。なのに、匂いまで去るのはヤだと、そうまで子供っぽい甘えん坊になってしまってた自分へなのか。真っ赤になってる誰かさんへ、慰めになるやらどうなやらな一言を………。


  ―― 明け方の夢は逆夢とか言いませんでしたっけね?






  〜Fine〜  08.4.01.〜4.02.


  *おおお、奇しくもエイプリルフールでしたね。
   いえ、ホントに意識してませんてば。アップするのも遅れたし。(笑)
   このお話からいきなり読まれた方には判りにくいかも知れませんが、
   ウチの蛭魔さんにはちょいと特別な肩書というか背景がありまして。
   そっちからの側杖を喰いかねないから傍へ寄るなと、
   そういう順番で乱暴者で通してたお人なのですが。
   桜庭くんはそこんところも乗り越えて、
   こんな風に頼りにされてるダーリンな訳です。(←嫌がりそうな呼び方だ)

  *夢オチはパターン化しかねないので、
   出来るだけ避けて通ってますが、
   その代わりのように“夢ネタ”は結構使っておりまして。
   夢なんか見ないだろし、見ても動じなかろというキャラにさえ、
   跳ね起きてうろたえるというお話をあちこちで書き散らかしておりますが。
   (去年の末頃には桜庭くんでも書いてたよね、確か。)
   けどでも、蛭魔さんは…どうだったかなぁ?(おいおい)
   現実のほうで追いかけてるのが、
   野望というルビ打っていいくらいの大きな夢なだけに、
   ベッドに入りゃあ、夢見る暇も惜しんで寝てるんでしょね。


ご感想はこちらへvv**

戻る